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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)6号 判決

大阪市北区中之島3丁目2番4号

原告

鐘淵化学工業株式会社

同代表者代表取締役

舘糾

同訴訟代理人弁護士

内田修

内田敏彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

遠藤政明

吉野日出夫

及川泰嘉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第12642号事件について平成5年11月11日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年12月28日名称を「可撓性光起電力装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和56年特許願第213119号)をしたところ、平成4年6月9日拒絶査定を受けたので、同年7月10日審判を請求し、平成4年審判第12642号事件として審理されたが、平成5年11月11日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年12月24日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

金属箔上に形成したアモルファスのSi(1-X)C(X)、Si(1-Y)N(Y)、Si(1-X-Y)C(X)N(Y)、a-Siから選ばれる電気絶縁性薄膜基板のうえに、さらに形成された薄膜の複数の発電区域を有し、該区域の各々は、アモルファス半導体より形成されるp-i-n接合光起電力素子よりなり、光照射で発生した電子及び/又は正孔を集める集電手段を含み、上記各区域の集電手段は各区域における光起電力が直列関係になるように互いに電気的に接続されてなることを特徴とする可撓性光起電力装置(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、欧州特許出願公開第41773号明細書(以下「引用例」という、別紙図面2参照)には、ステンレス鋼等の金属箔の表面にSiO2、Si3N4等の絶縁性物質を堆積して絶縁性薄膜を設けた帯状体をロールに巻いたものから連続的に供給して、この帯状体上に順次電極層、アモルファスシリコンのp層、i層、n層、透明電極層を堆積してから巻き取ることにより、金属箔表面にSiO2、Si3N4等を堆積して絶縁性薄膜を設けたものを基板としてp-i-n太陽電池セルを複数個形成し、これら複数のセルを直列接続して製造した太陽電池が記載されている。

(3)  本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者は、共に、金属箔上に絶縁性薄膜を形成した電気絶縁性薄膜基板に、複数個のアモルファス半導体薄膜よりなるp-i-n接合光起電力素子を設け、この素子を電気的に直列接続した可撓性光起電力装置である点で一致しているが、本願発明においては、金属箔上に形成する絶縁性薄膜が、アモルファスのSi(1-X)C(X)、Si(1-Y)N(Y)、Si(1-X-Y)C(X)N(Y)、a-Siから選ばれるのに対して、引用例記載の発明においては、金属箔上に形成する絶縁性薄膜が、SiO2、Si3N4のような絶縁性物質である点において相違する。

(4)  そこで、上記相違点について検討すると、本願明細書の記載によれば、本願発明は、従来のようにポリイミド等の可撓性高分子フィルムを単独で太陽電池の基板とすると、製造時に基板がカールする等の不都合が生じるので、金属箔に絶縁性薄膜を被着したものを基板とするものであって、絶縁性薄膜は金属箔と光起電力素子との絶縁が確保でき、光起電力装置の可撓性を損なわないものであればよいものと認められるが、引用例にアモルファス半導体よりなる太陽電池の可撓性基板として金属箔に二酸化珪素、窒化珪素等の絶縁性薄膜を堆積したものを使用することが記載されているので、金属箔と太陽電池セルとの間に介在させる絶縁性薄膜もアモルファス構造のものとすることにより、太陽電池の可撓性が絶縁性薄膜によって左右されないようにすることは、当業者が容易に想到し得ることである。そして、絶縁性薄膜を特に本願発明のような物質のものに限定した点に格別の技術的意味が認められないことも明細書の記載から明らかである。

(5)  なお、請求人(原告)は、本願発明においては、絶縁性薄膜がアモルファス構造であるから、引用例記載の結晶構造のものよりも曲率の大きな曲げに耐える旨主張しているが、アモルファス半導体層を可撓性基板に形成した可撓性の太陽電池において、アモルファス半導体層と積層された状態で使用する薄膜をアモルファス構造とすれば、アモルファス半導体層と同様な可撓性が得られることは当然に予期し得ることにすぎない。

(6)  したがって、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、(1)は認める、(2)のうち、引用例記載の発明のSiO2、Si3N4等を堆積するステンレス鋼等の相手方が「金属箔」である点を否認し、その余は認める、(3)のうち、本願発明と引用例記載の発明の一致点の認定は、両者が共に、「金属箔」上に絶縁性薄膜を形成しているとの点、及び「可撓性光起電力装置」である点を否認し、その余を認める、相違点の認定は、引用例記載の発明の絶縁性薄膜が「金属箔」上に形成される点を否認し、その余は認める、(4)のうち、本願発明が「従来のようにポリイミド等の可撓性高分子フィルムを単独で太陽電池の基板とすると、製造時に基板がカールする等の不都合が生じるので、金属箔に絶縁性薄膜を被着したものを基板とするものである」点は認めるが、その余は否認し、(5)、(6)は否認する。

審決は、引用例記載の発明の技術内容を誤認して一致点の認定を誤り、同誤認により相違点に対する判断を誤り、本願発明の顕著な作用効果を看過し、その結果、本願発明の進歩性を否定したもので、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

〈1〉 審決は、引用例には、ステンレス鋼等の「金属箔」の表面に「SiO2、Si3N4等の絶縁性物質を堆積して絶縁性薄膜を設けた帯状体をロールに巻いたものから連続的に供給して」、この帯状体を太陽電池の基板とする技術が記載されていると認定しているが、引用例にそのような記載はない。

引用例には、確かに、「ステンレス鋼」等について、「サブストレート10は、1つのウェブあるいは複数の個別プレートとすることができ、これを金属箔(metal foil)、金属(metal)、ガラスあるいはポリマーの搬送機構によって搬送する。ステンレス鋼やアルミニウム等の金属(metal)あるいはポリマーの場合は、大ロール等の半連続ソースからウェブを供給することができる。」(4頁21行ないし26行)と記載されている。

しかしながら、引用例は、その記載から明らかなように、「金属箔(metal foil)」と「金属(metal)」とを明確に区別して記載している。そして、この区別を前提にして、「ステンレス鋼やアルミニウム等の金属(metal)あるいはポリマーの場合は」と記述しているのであるから、「ステンレス鋼等」は、引用例においては、「金属箔」の例示としてではなく、「金属」の例示として掲げられているにすぎない。

したがって、審決が引用例に「ステンレス鋼等の金属箔」が記載されているとしたのは、完全な誤りであり、審決は、引用例記載の技術内容を誤認した結果、本願発明と引用例記載の発明とは、「金属箔上に絶縁性薄膜を形成し」た点において一致すると誤って認定したものである。

〈2〉 審決は、また、引用例記載の太陽電池も「可撓性」光起電力装置である点で本願発明と一致していると判断しているが、これも誤りである。

引用例の第1図には、最終工程としてのラミネーション処理の後、出来上がった太陽電池の多数のセットが一定間隔毎に形成されている長尺サブストレートを、その長尺表面の上に多数の太陽電池のセットが形成されている状態のまま、ロール状に巻き取っている状況が示されている。しかしながら、これは、長尺サブストレートが巻き取り可能であることを示しているだけであって、その長尺表面の上に一定間隔をおいて多数形成されている個々の太陽電池(第4図に示すごとき断面のもの)自体がロール状に巻き取り可能であることを示すものではない。個々の太陽電池そのものは可撓性が小さいために曲がり難くても、このような太陽電池のセットを一定間隔毎に長尺表面に形成した長尺サブストレートは、ちょうど戦車のキャタピラが円弧状に回動可能であるのと同様に、ロール状に巻き取ることが可能だからである。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)

〈1〉 引用例では、巻取可能な長尺サブストレートが開示されているが、ここでの「巻取可能な長尺サブストレート」と本願発明の「可撓性基板」とを比較すると、引用例でいう「巻取可能な長尺サブストレート」は、従来基板として用いられていたガラス基板、金属基板、ポリマー基板のいずれをも含む基板素材の連続帯状体という意味程度にすぎないことは明らかであるから、その巻取可能性も長尺のガラス・サブストレートにおいて実現できる程度のものであるといわねばならない。

また、引用例が「製造方法」についての特許であることを勘案すると、本願発明のごとく「金属箔上に形成したアモルファスのSi(1-X)C(X)、Si(1-Y)N(Y)、Si(1-X-Y)C(X)N(Y)、a-Siから選ばれる電気絶縁性薄膜基板」という特定の基板についてその光起電力装置の電気的特性に及ぼす影響については何ら認識されているはずもなく、引用例にはそのような記載は皆無である。

さらに、引用例におけるサブストレートの認識と、本願発明の基板の構成との差異について敷衍すると、引用例には、「アルミニウム・サブストレートの場合、陽極酸化によって絶縁層を作る」と記載されているが、この記載だけからは、本願発明のごとく実用的な高電圧、高効率のアモルファス光起電力装置(素子)の作製は困難である。すなわち、引用例におけるアルミニウムの陽極酸化では、通常酸化膜中に無数の細孔ができ、この細孔を塞ぐ処理をしないと、このままでは実用的な高効率のアモルファス光起電力装置とはなし得ない。

また、引用例には、「ステンレス鋼サブストレートの場合、SiO2、Si3N4のごときものがデポジットされる」との記載もあるが、この種SiO2、Si3N4のごとき結晶構造の化合物は、半導体製造技術では従来から使用されている至極周知の絶縁層であり、このような絶縁層のみを開示している点からしても、引用例記載のサブストレートと本願発明に係る基板の構成は全く異なるものである。

要するに、引用例は、あくまで「製造方法」に係る技術であって、このための素材としては、引用例の出願当時において公知なものであれば何でもよく、長尺帯状体にしたときに巻き取り可能なものが好ましいとするものの、本願発明に係る基板のごとく、個々の太陽電池の基板としたときに種々の用途に利用できる程度の十分な可撓性を有し、素子としての高効率化を図って高い電圧を確保できて小型化を実現できるという点については何ら示唆すらされていないので、本願発明の構成は引用例記載の発明から決して容易に想到することができないというべきである。

〈2〉 被告は、本願発明において、絶縁膜を特にアモルファスのSi(1-X)C(X)、Si(1-Y)N(Y)、Si(1-X-Y)C(X)N(Y)、a-Siに限定した点に格別意味がないと主張するが、誤りである。

これらの物質が電気絶縁性を有することに気付き、これらを絶縁膜として利用したのは、本願発明が世界で最初である。すなわち、上記アモルファスシリコン等が導電性を有するものとして太陽電池の半導体等に使用されていたことは本出願前周知の事実であるが、これらの物質を絶縁膜として使用することは、本出願時において新規な着想であった。

本願発明の絶縁膜に用いる物質がアモルファス構造であることにより、変形を柔軟に吸収することができ、クラックを生じないため、充分な絶縁性能を発揮するという技術的意義を有するのみならず、さらにこれらの物質を絶縁性薄膜として絶縁層に用いること自体が世界初であって画期的な意義を有するのである。

このような本願発明における電気絶縁性薄膜の技術的意義は、その存在が客観的に認められることが必要であるが、それ以上に、出願当初の明細書に最初から記載されていなければならないというものではない。被告は、上記のごとき技術的意義に関する原告の主張に対し、「明細書の記載に何ら根拠がない」と反論しているが、特許請求の範囲における限定的記載の技術的意義は、それが客観的に存在することを明らかにし得るならば、明細書の記載を追加する手続補正により、その旨の記載を補うこと自体は作用効果の追加的補正として従来から認められている。したがって、現在の明細書に記載がないということだけで客観的に存在の認められる本願発明における電気絶縁性薄膜の技術的意義を否定する被告の反論は到底正当といい得ない。

また、原告は、特許請求の範囲を一部限定したのであるが、特許請求の範囲の補正により、特許請求の範囲中のある構成要素を特定の一部分に限定したことが明確であるような場合には、その限定理由につき明細書の発明の詳細な説明に記載がないからといって、特許請求の範囲における限定に技術的意義がないと決めつけることはできない。

〈3〉 この点について被告の援用する乙第3、第4号証には、アモルファスシリコン系の化合物を絶縁膜として用いる発明が記載されていることは認める。

しかしながら、これらの乙号各証記載の発明の絶縁膜は、いずれも550℃以上の高温度に基板を加熱して製膜しているため、本願発明のような「出力低下の少ない」可撓性を具備することはできない。

このような550℃以上の高温度に基板を加熱して製膜する方法は、高温度の熱反応を利用する従来のCVD法であり、このCVD法で製膜されたアモルフアスシリコン系絶縁膜は、膜中に存在する水素原子の量がせいぜい1原子%程度であって、水素原子はほとんど存在しないといっても過言ではない。

これに対し、本願発明のような新しい高周波放電プラズマCVD法によって比較的低温(250~350℃)で製膜して得られたアモルファスシリコン系絶縁膜においては、膜中に存在する水素原子は1桁多い10~30原子%もの多量になっている。(甲第11号証、117頁、118頁)

乙第3、第4号証記載の発明のごとく、アモルファスシリコン系絶縁膜中に水素原子が存在しないか、存在しても1原子%程度の場合は、絶縁膜に内部応力として大きい引っ張り応力が作用しているため、クラックを生じ易いのに対し、本願発明のごとく、水素原子が20atom%近く存在する場合は、絶縁膜に内部応力として若干の圧縮応力が作用するにすぎないから、クラックを生じ難い。(甲第15号証、675頁第5図)

要するに、乙第3、第4号証記載の絶縁膜は、アモルファスシリコン系のものであるとしても、耐クラック特性との関係においてこれをみるときは、結晶質の絶縁膜と大同小異である。

甲第11号証には、従来型のCVD法の欠点を克服するものとしての高周波放電タイプのプラズマCVD法の位置付けとその一般的特性が述べられており、その中に「プラズマCVD膜の場合しばしばSiN、SiNXなどの表記法が用いられている。」(118頁)と記載されているが、本願発明のアモルファスシリコン系絶縁性薄膜基板については、特許請求の範囲からも明らかなごとく、この表記法がとられており、本願発明のアモルファスシリコン系絶縁性薄膜基板が高周波放電プラズマCVD法によって製膜して得られたものであることは明らかである。

のみならず、本願発明のように基板上にアモルファス半導体の薄膜を形成する場合において、基板自体を該基板上に形成するアモルファス半導体と同じ種類のアモルファス物質により薄膜基板とするときは、薄膜基板を製膜するために用いる装置及び原料と、該基板上にアモルファス半導体の薄膜を製膜するために用いる装置及び原料とは、特段の事情がない限り同一のものを用い、同様の技術的操作により製膜することが当業者の常識である。

したがって、本願発明と乙第3、第4号証記載の発明とは、アモルファスシリコン系の化合物を絶縁性薄膜とする製膜方法を異にするものであり、その結果、本願発明はその耐クラック特性においてきわめて優れた特性を有するものであるから、本願発明において絶縁性薄膜を特定のアモルファスシリコン系の化合物に限定したことには、格別の技術的意味がある。

〈4〉 以上の理由により、相違点に係る本願発明の構成は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであり、かっ絶縁性薄膜を本願発明の特定の物質に限定した点に格別の技術的意味がないとした審決の判断は、誤りである。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)

〈1〉 本願発明の特有の作用効果としては、可撓性に優れている点がある。

審決は、引用例には個々の太陽電池自体の「可撓性」につき、何ら開示がないにも拘わらず、これをあると誤認した。

本願発明においては、絶縁層を、太陽電池の絶縁膜として従来使用されていない非晶質のSi(1-X)C(X)、Si(1-Y)N(Y)、Si(1-X-Y)C(X)N(Y)、a-Siに限定したことにより、後記〈2〉で述べるように、開放電圧を充分高く維持できるという顕著な作用効果を奏する。

本願発明にいう「可撓性」は、このような高い開放電圧を維持したまま、比較的小さな曲率半径の曲げ変形ができることを意味しているのである。

〈2〉 次に、本願発明は、高い開放電圧と短絡電流を得ることができるが、審決はこの作用効果について、何ら判断をしていない。

本願発明のような複数個の光起電力素子を直列接続してなる光起電力装置の場合においては、個々の光起電力素子の構造だけでなく、これらの素子を支持している導電性基板(金属箔)とその上に形成される光起電力素子との間の電気的絶縁の程度が重大な影響を及ぼす。すなわち、複数個の光起電力素子を直列接続してなる太陽電池において、導電性基板の表面に形成した絶縁層の絶縁性能が不十分であるときは、この太陽電池のプラス電極とマイナス電極の間に電気伝導路が形成され、この電気伝導路を経由する漏電が生じるため、電極間の電圧である開放電圧は、漏電分だけ低くならざるを得ない。

しかるに、引用例記載のSiO2、Si3N4からなる絶縁層の場合は、これらが非晶質ではなくて結晶構造のものであるため、柔軟性がない。このように柔軟性の欠如した絶縁層付き基板の上に複数個の光起電力素子を形成して光起電力装置を製造すると、光起電力素子を形成する際の加熱(おおよそ250℃程度)により絶縁層付き基板が熱変形する際に、わずかに変形しただけでも絶縁層内部にクラックの発生することが避けられない。電気的な絶縁を確保するために形成した絶縁層の内部にクラックが発生すると、そのクラックの本数及び大きさに応じた電気絶縁性の低下が生じる。

このようなわけで、導電性基板の表面に結晶性の絶縁層を形成してなる光起電力装置においては、開放電圧を充分高くすることができなかった。

これに対し、本願発明のごとき非晶質の絶縁層を形成した基板の場合は、絶縁層に柔軟性があるため、電気絶縁性が100パーセント保持される。(甲第6、第7号証参照)

〈3〉 さらに、本願発明は、電気絶縁性薄膜を含めて、p層、i層、n層はすべてアモルファス構造であるので、従来の製造工程とほとんど変わることなく簡単な膜形成工程のみで製造することができ、量産的にもきわめて優れたものであるが、審決はこの作用効果についても、何ら判断をしていない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

〈1〉 原告は、引用例には可撓性光起電力装置用基板としてステンレス鋼等の金属箔を用いることは記載されていない旨主張するが、引用例には、アモルファスシリコン太陽電池を形成する基板としてはアモルファスシリコンの堆積ができればどのような物質であってもよいこと、基板は金属箔、金属、ガラスまたはポリマーの搬送機構により運ばれるウェブまたは個々のプレートであること、基板としてステンレス鋼またはアルミニウムのような金属もしくはポリマーを用いる場合には、ウェブは大きなロールのような半連続源から供給できること、ステンレス鋼を基板として使用し絶縁コーティングする場合には絶縁物として例えばSiO2、Si3N4等を堆積することができること(4頁17行ないし5頁6行)が記載されていることは明らかである。

そして、「金属箔」なる用語は、厚さの薄い金属を意味するものであることは広く知られており、金属の種類を表現しているものではないから、金属の種類の例示としてステンレス鋼、アルミニウムが記載されている以上、これらの金属箔によって光起電力装置の基板を構成することが開示されていることは明らかである。金属箔が可撓性であることはいうまでもない。

さらに、金属のウェブの表面に絶縁コーティングを施しロール状に巻き回されたものを巻き戻し、これを基板としてアモルファス太陽電池を形成してから再びロール状に巻き回しすることが引用例の第1図、第2図に図示されていることを考慮すれば、引用例には、導電性である金属の表面にSiO2、Si3N4等を堆積して絶縁コーティングを施したものをアモルファスシリコン太陽電池を形成する基板として用いること、この基板が可撓性であることが開示されていることは明らかである。

したがって、本願発明と引用例記載の発明とは、「金属箔上に絶縁性薄膜を形成し」た点において一致するとした審決の認定に誤りはない。

〈2〉 原告は、引用例には、基板上に形成されたアモルファスシリコン層からなる光起電力装置が可撓性であることは記載されていない旨主張しているが、アモルファスシリコン光起電力装置は、一般的に厚さが数μm程度ときわめて薄く、これを形成する基板が可撓性であれば、完成された光起電力装置が可撓性であることは周知のこと(例えば、本願明細書7頁7行ないし14行の従来技術に関する記載参照)であって、可撓性基板に形成した薄膜太陽電池すなわち光起電力装置を可撓性太陽電池と称しているものである。

引用例記載の太陽電池製造方法においては、ステンレス鋼またはアルミニウム等の金属の表面に絶縁物を堆積して絶縁コーティングしたウェブを基板として使用し、この基板上にアモルファスシリコン太陽電池を形成した後、ウェブをロールに巻き取っているのであるから、可撓性太陽電池とは明記されていないが、引用例に、可撓性のアモルファスシリコン太陽電池が開示されていることは明らかである。

原告は、複数の太陽電池を形成した後のウェブがロール状に巻き取られるからといって、個々の太陽電池そのものが可撓性であるとは限らない旨主張しているが、上記のように、アモルファスシリコン太陽電池は厚さが数μm程度ときわめて薄いもので、基板に可撓性があれば、その基板を用いて形成されたアモルファスシリコン太陽電池も可撓性がある。このことは、本願発明においても、アモルファス光起電力装置を特別な構成あるいは製法によって製造することによって可撓性としているわけではなく、アモルファス光起電力装置の一般的な構成及び製法によって可撓性基板上に形成したものを、可撓性光起電力装置としていることからも明らかであり、引用例記載の発明とも、この点において格別の差異はない。

したがって、引用例に可撓性のアモルファスシリコン太陽電池が記載されているから、引用例記載の発明は可撓性光起電力装置である点で本願発明と一致するとした審決の認定にに何ら誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

〈1〉 本願発明におけるアモルファス半導体による光起電力素子を形成する「基板」は、金属箔上に絶縁膜が形成されているものであって、具体的には本願明細書に、アルミニウム銅、鉄、ニッケル、ステンレス等の金属箔にアモルファスの絶縁膜を形成したものであり、その「金属箔」の厚さが、「5μm~2mm好ましくは50μm~1mm」である(14頁7行ないし15頁15行)と説明されている。

そして、可撓性の程度は、その厚さに応じて変化するものであるが、本願発明においては、「厚さが5μmの金属箔」が有する可撓性であっても、「厚さが2mmの金属箔」が有する可撓性であってもよいものである。

本願発明においては、基板に具体的にどの程度の可撓性が必要であるかは何ら限定されていないのであって、アモルファス太陽電池を形成する基板が可撓性を有してさえいればよいものである。

〈2〉 本願発明においては、基板の構成部材が金属箔であって導電性であるから、この基板上に形成する複数個の光起電力素子を電気的に直列接続するためには、その表面を絶縁性としなければならないものであるが、このような目的のために導電性基板の表面に絶縁層を設けることは引用例に明記されている。(5頁3行ないし6行、13頁26行ないし27行)

原告は、引用例に記載される「SiO2、Si3N4等の絶縁膜」は結晶構造であって、本願発明のようなアモルファス構造の絶縁膜とは異なる旨主張しているが、引用例記載の絶縁膜が結晶構造のものに限られるものではないことは、引用例に、基板はアモルファスシリコンの堆積ができればどのような物質であってもよい旨の記載があることからも明らかである。

引用例記載のSiO2、Si3N4等が結晶構造のものに限られないことは、乙第1号証(289頁、290頁)に記載されているように、膜の形成温度が低い場合には無定形、すなわち、アモルファス構造であることが周知であることから明らかである。

原告は、従来はアモルファスシリコン系のアモルファス化合物が絶縁性を有することは知られていなかった旨主張するが、アモルファスのシリコン窒化膜等のアモルファスシリコン系の化合物を絶縁膜として用いることが本出願時に周知であったことは、乙第1号証からも明らかであり、さらに、乙第3、第4号証により明確である。

また、本願発明において、絶縁膜を特にアモルファスのSi(1-X)C(X)、Si(1-Y)N(Y)、Si(1-X-Y)C(X)N(Y)、a-Siに限定した点に格別意味がないことは、本願明細書の記載から明らかである。

原告は、絶縁層がアモルファスであるから、結晶性のものとは性質が異なる旨主張するが、本願明細書には、金属箔上に堆積する絶縁層が結晶性であるか、アモルファスであるかによって差異が生じることは何も記載されていない。しかも、出願当初の明細書によれば、結晶性であってもアモルファスであってもよいと記載されていたものであり、補正後の明細書においても、絶縁層がアモルファスであるか結晶性であるかによる差異は何も記載されていない。

アモルファスとして特許請求の範囲に記載された特定の物質であるときのみ奏する作用効果であることを意味するのであれば、それは、本願明細書の記載と矛盾している。本願明細書には、絶縁層が結晶質であるときに比べてアモルファスである方が望ましいことはもとより、アモルファスが特許請求の範囲に規定された物質である場合の方がよりよいことは何ら記載されていない。

〈3〉 原告は、本願発明に係る基板は、個々の太陽電池の基板としたときにおいて、種々の用途に利用できる程度の十分な可撓性を有する旨主張しているが、この主張が本願明細書の記載に基づかないものであることは、上記〈1〉に述べたとおりである。

〈4〉 したがって、相違点に係る本願発明の構成は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであり、かつ絶縁性薄膜を本願発明の特定の物質に限定した点に格別の技術的意味がないとした審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)について

〈1〉 原告は、本願発明の基板は可撓性に優れている旨主張しているが、本願発明の基坂の可撓性に関しては、(1)〈1〉、(2)〈1〉に述べたとおりである。

〈2〉 原告は、本願発明において、高い開放電圧と短絡電流を得ることができるという作用効果を何ら判断していない旨主張しているが、このような作用効果は本願発明とは関係ないものである。

すなわち、本願発明においては、その特許請求の範囲の記載から明らかなように、光起電力装置に関しては、アモルファス半導体で形成されるp-i-n接合光起電力素子が電気的に直列接続されていることが規定されているだけであって、本願明細書に記載されているように、光起電力素子の光入射側の半導体層のバンドギャップをi層のバンドギャップよりも大きい材料を用いたヘテロ構造とすることにより、これら両者が同じ半導体材料を使用したもの(ホモ構造)よりも大きな開放電圧と短絡電流が得られるものではあるが、光起電力素子をヘテロ構造とすることは、本願発明の構成要件とされていないものである。なお、本願明細書には、可撓性のみを必要とする場合には、ホモ接合でよい旨記載されている。(9頁14行ないし16行)

また、光起電力素子の構成と、光起電力素子を形成する基板の構成とは関係のないことである。このことは、本願発明の第3図にガラス基板上に形成したヘテロ構造とホモ構造の光起電力素子の特性を記載し、かつ、これを根拠として短絡電流と開放電圧に関する効果を説明していることからみても明らかである。(13頁5行ないし14行)

なお、引用例記載の発明も、アモルファス半導体で形成されたp-i-n接合光起電力素子が電気的に直列接続されている光起電力素子であることは、引用例の第4図及び同明細書の記載から明らかであって(7頁1行ないし14行)、本願発明と格別の差異はない。

〈3〉 原告は、本願発明においては、電気絶縁性薄膜を含めてアモルファス構造であるので、従来の製造工程とほとんど変わることがなく簡単な膜形成過程のみで形成できるという作用効果を奏するのに、審決は、これについて判断していない旨主張しているが、薄膜を気相堆積により形成する場合、基板の温度が低ければアモルファス(非晶質)となり、高ければ結晶質となるので、薄膜の構造がアモルファス(非晶質)であるか結晶であるかに関係なく同一の膜形成装置を用いて行い得ることは周知のことであって、絶縁膜をアモルファスとしたことによる格別の作用効果とはいえない。このことは、本願の当初明細書に、アモルファスまたは結晶性の絶縁膜がCVD、酸化、電子ビーム蒸着、スパッタ、グロー放電分解で得られる旨記載されていることからみても明らかである。(14頁10行ないし15行)

また、本願発明においては、電気絶縁性薄膜はアモルファスシリコン(a-Si)でもよいのであるから、アモルファスシリコン光起電力素子を構成するアモルファスシリコンと同様な製造工程で形成できることは自明なことである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の取消事由について検討する。

1  成立に争いのない甲第3号証(本願の特許出願公開公報)、同第4号証(手続補正書)、同第5号証(特許願及び同添付の明細書、図面)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、光起電力装置に関する。(公報2頁左下欄2行)

(2)  太陽電池や光検出器のような光起電力装置は、太陽光線を直接電気エネルギに変換することができるが、最大の問題としては、他の電気エネルギ発生手段と比較して発電費用がきわめて大きいことである。その主な原因は、装置の主体を構成する半導体材料の利用効率が低いこと、さらには斯る材料を製造するに要するエネルギが多いことにある。

最近この欠点を解決する可能性のある技術として、半導体材料に非晶質シリコンを使用することが提案された。すなわち、非晶質シリコンは、シランやフロルシリコン化合物雰囲気中でのグロー放電によって安価かつ大量に形成することができ、その場合の非晶質シリコンでは、禁止帯の幅中の平均局在状態密度が小さく、結晶シリコンと同じようにp型、n型の不純物制御が可能となるのである。

非晶質シリコンを用いた典型的な従来の太陽電池は、可視光を透過するガラス基板上に透明電極を形成し、該透明電極上に非晶質シリコンのp型層、同じくノンドープ(不純物無添加)層、同じくn型層を順次形成し、該n型層上に設けられたオーミックコンタクト用電極を設けてなるものである。

ところで、斯る太陽電池にあっては、その光起電圧は約0.8V程度であるため、より大きな電源電圧を必要とする機器の電源としては、そのまま使用できない。

この欠点を解決するために、昭和55年特許出願公開第107276号公報に示されるような同一基板上に発電区域を分離して形成し、各発電区域を直列に接続することにより電圧を高める工夫がされているが、この場合でも、効率が低いためにかなりの大面積を必要とし、かつ、素子1個当たりの電圧が0.8Vであるために多段に直列接続する必要があった。さらに、ガラス等の基板の上に形成するために可撓性がなかった。しかしながら、最近の電子機器がフレキシブルプリント基板や、フイルム液晶表示板等の開発により可撓性のある太陽電池の開発が望まれてきている。

可撓性、耐熱性に富むポリイミド等の樹脂薄膜を素板として使用した太陽電池は、昭和54年特許出願公開第149489号に記載されている。しかしながら、樹脂薄膜のみを素板として使用した場合は、デポジション(堆積)によって素板がカールし、またデポジション中の変形により素板が均一に加熱されないという欠点があった。

また、欧州特許出願公開第41773号明細書には、巻き取り可能な基板に絶縁層をコートした絶縁基板について記載されている。しかしながら、この絶縁基板としては、ステンレススチール上に一般的な絶縁層であるSiO2やSi3N4をデポジションする場合の製造方法について開示されているものの、光起電力装置の電気的特性に関連すべき点については、何ら開示されておらず、畢竟、従来基板の範疇のものであって、高性能な可撓性光起電力装置については、何ら示唆すらされていない。(同2頁左下欄3行ないし左上欄18行、手続補正書2頁10行ないし3頁1行)

(3)  本願発明は、これらの欠点を改善し、可撓性で高い開放電圧と短絡電流を得るために、要旨記載の構成(手続補正書の特許請求の範囲1頁2行ないし12行)を採用した。(公報3頁右上欄1行ないし3行)

(4)  本願発明の構造によれば、ホモまたはヘテロ接合光起電力素子を用い、同一基板上にて複数の発電区域を直列接続したものであって、可撓性で小型にしてかつ任意の起電圧を発生する装置が得られ、従来のガラス基板と同じ方法で作ることができるのは金属箔を絶縁した基板を用いたが故に実現されたものであり、その製造に際しても第1図に示す従来の製造工程とほとんど変わるところなく簡単な膜形成工程のみで製造することができ、量産的にもきわめて優れたものである。(同6頁左上欄7行ないし17行)

2  次に、原告主張の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

〈1〉 原告は、審決が、引用例にはステンレス鋼等の「金属箔」が記載されていると判断したことは誤りである旨主張する。

成立に争いのない甲第2号証(EUROPEAN PATENT APPLICATION、07.05.81)によれば、欧州特許出願公開第41773号明細書(引用例)には、名称を「太陽電池の生産」とする発明において、「基板10は、アモルファスシリコンの堆積ができればどのような物質であってもよく、…。基板10は、搬送機構によって運ばれる、金属箔、金属、ガラスまたはポリマーの1つのウェブあるいは複数の個別プレートでよい。ステンレス鋼あるいはアルミニウムのような金属、あるいはポリマーであれば、ウェブは、大きなロールのような半連続源から供給できる。」(4頁19行ないし26行)、「もし、基板としてステンレス鋼等を使用し、絶縁コーティングを施すことが望ましければ、例えばSiO2、Si3N4等を堆積すればよい。」(5頁3行ないし7行)と記載されていることが認められ、これによれば、引用例には、太陽電池の基板としてステンレス鋼等が示されていることが認められる。

そして、「箔」とは、「金・銀・銅・錫・真鍮などをたたいて、紙のように薄く平らに延ばしたもの。「金-」」(広辞苑第4版)の意味であり、前掲甲第3号証によれば、本願明細書においても、「基板について説明すると、金属箔1はアルミニウム銅、鉄、ニッケル、ステンレス等の金属の箔で厚みは5μm~2mm好ましくは50μm~1mmのものが用いられる。」(公報4頁右下欄7行ないし10行)と記載されていることが認められ、「金属箔」とは、「厚さの薄い金属」の意味であると認められる。

そうすると、上記引用例の記載からみて、引用例には「ステンレス鋼等の金属箔」が記載されていると認めることができ、したがって、本願発明と引用例記載の発明とは「金属箔に絶縁性薄膜を形成し」た点において一致するとした審決の認定に誤りはない。

〈2〉 また、原告は、審決が、引用例記載の太陽電池も「可撓性」光起電力装置であると判断したことは誤りである旨主張する。

原告は、その理由として、引用例記載の太陽電池の可撓性は、長尺サブストレートが巻き取り可能であることを示しているだけであって、その長尺表面の上に一定間隔をおいて多数形成されている個々の太陽電池自体が巻き取り可能であることを示すものでない旨主張する。

確かに、本願発明の可撓性というのは、前示1認定の事実からして、個々の太陽電池の基板に関する曲がり易さについてのものであるということができるが、可撓性の全くない「ガラス」に相対するものであり、その可撓性は、基板の金属箔の厚みに応じて変化するものであるといえる。

これに対し、引用例記載の発明もまた、前記〈1〉認定のとおり、基板にガラスではなく、本願発明と同じ金属箔を用いるものであり、基板として使用するウェブをロールに巻き取っているものも示されているから、その基板が可撓性を有することは明らかである。後記取消事由2で判断するように、引用例記載の発明における絶縁性薄膜の物質は結晶質または非結晶質であり、仮に結晶質のものであっても、本願発明のようなアモルファス構造のものとは異なるが、結晶質であるからといって、可撓性が無いということはできない。

原告は、引用例の第1図からして、引用例には、個々の太陽電池自体がロール状に巻き取り可能であることが示されているのではなく、このような太陽電池のセットを一定間隔毎に長尺表面に形成した長尺サブストレートをロール状に巻き取ることが可能であることが示されているにすぎない旨主張する。

しかしながら、全体として可撓性があるものであれば、それを構成する部分についても可撓性があるのが通常であり、さらに、前掲甲第2号証によれば、引用例には、「基板は、ステンレス鋼などの1つの連続ウェブとすることができ、これをほぼ連続的に専用の領域またはチャンバを通して送り、所望の電池コンフィギュレーションを基板上に堆積する。」(3頁22行ないし25行)と記載されていることが認められ、基板及び太陽電池が巻き取り可能であることが示されているし、この場合、個々の太陽電池に隣接する接続部のみが撓み得る構造になっているとは認められないから、原告の主張は失当というべきである。

〈3〉 したがって、引用例記載の発明は可撓性光起電力装置である点において本願発明と一致するとした審決の一致点の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

〈1〉 本願発明は、従来のようにポリイミド等の可撓性高分子フィルムを単独で太陽電池の基板とすると、製造時に基板がカールする等の不都合が生じるので、金属箔に絶縁性薄膜を被着したものを基板とするものであることは、当事者間に争いがない。

原告は、本願発明の「可撓性基板」と引用例記載の「巻き取り可能な長尺サブストレート」とは異なる旨主張する。

しかしながら、本願発明においては、金属箔の厚さが「5μm~2mm好ましくは50μm~1mm」と説明されていることは、前示(1)〈1〉認定のとおりであり、この可撓性の程度は、その厚さに応じて変化することは自明のことであるところ、前掲甲第3、第4号証によれば、本願明細書には、上記記載以外に数値をもって具体的にどの程度の可撓性が必要であるかについての記載は存しないことが認められるから、本願発明において可撓性の程度は、何ら限定されていないというべきである。

そして、引用例記載の基板も金属箔のものが示されていて、これが可撓性を有することは、前示(1)〈1〉認定のとおりであって、両者の基板における可撓性に差異があるとはいえない。

〈2〉 次に、原告は、基板の表面に設けられるべき絶縁層が、本願発明のようなアモルファス構造のものと引用例に記載される「SiO2、Si3N4等の絶縁膜」とは異なるものであり、本願発明において、絶縁膜を特に「アモルファスのSi(1-X)C(x)、Si(1-Y)N(Y)、Si(1-X-Y)C(X)N(Y)、a-Si」と限定したことに格別の技術的意味があるとし、その根拠として、アモルファスシリコン系の化合物を絶縁膜として利用したのは、本願発明が世界で最初である旨主張する。

アモルファスシリコン系化合物は、そのもの自体としては半導体として知られている公知の化合物であることは、原告も認めるところである。

これに対し、被告は、本願発明におけるようなアモルファスシリコン化合物を絶縁膜として用いることは、本出願時周知であったことを、乙第1、第3、第4号証を示して主張する。

成立に争いのない乙第1号証(半導体ハンドブック編纂委員会編「半導体ハンドブック(第2版)」昭和52年11月30日株式会社オーム社発行)によれば、「SiO2以外の絶縁膜のCVD法」「Si窒化膜」の項に「SiO2以外のCVD法による絶縁膜で、半導体工業において使われているものにSi窒化膜(Si3N4)がある。これの成長は、一般にはSiH4あるいはSiCL4とNH3とを反応させており、その反応式は次のとおりである。…成長温度は750~1150℃で、低温成長ではSi3N4の構造はアモルファスであるが、1100℃以上の高温成長になると結晶化が進む。」(289頁左欄11行ないし23行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、Si窒化膜(Si3N4)を絶縁膜として使用すること、このSi窒化膜として結晶質とアモルファスの両者が使用可能であることが示されている。

また、成立に争いのない乙第3号証(昭和51年特許出願公告第28983号公報)によれば、名称を「無定形窒化珪素膜の製造方法」とする発明において、明細書に「半導体装置ではその製造過程における不純物の選択拡散のためのマスク、あるいは半導体装置自体の保護膜、および絶縁膜として物理的、化学的に安定な絶縁体薄膜を半導体表面に形成せしめることが不可欠となつている。従来、かかる絶縁体として無定形二酸化珪素が用いられてきた。この無定形二酸化珪素薄膜とは結晶化の度合が比較的低い窒化珪素を定義したものであつて、半導体工業の分野において実用性のある溶解速度を有するものである。しかし最近、無定形窒化珪素が絶縁体として注目されるようになり、上述のような半導体装置の不純物拡散のためのマスクあるいは保護膜、絶縁膜として二酸化珪素よりも優れた性質を有することが見出され、半導体装置の製造に応用されている。」(1欄26行ないし2欄4行)と記載されていることが認められ、半導体の絶縁膜として無定形(アモルファス)二酸化珪素を用いることが示されている。

さらに、成立に争いのない乙第4号証(昭和46年特許出願公告第27415号公報)によれば、名称を「半導体装置の製造方法」とする発明において、明細書に「窒化物被覆層の接着性と緻密性は充分満足すべきものであり、電気的特性は酸化物のそれに比べてむしろ勝れている。ただし窒化物層の形成に際して窒化珪素が腐蝕可能の形に沈着するように注意する必要があるだけである。このためには窒化珪素層の析出が900℃以下の温度で行なわれなければならないことが明らかとなつた。これは珪素と窒素とを結合された形で含む反応ガスを搬送ガスを用いて反応槽内に導き加熱した基体上で分解させて窒化珪素を形成させその際に反応条件特に析出温度を不可逆的の熱分解が起り形成された窒化珪素がX線的に無定形となるように選ぶことによつて達成される。」(2欄25行ないし37行)、「比較的低い析出温度を選ぶことによつて析出箇所に平衡状態が存在することなく熱分解は非可逆的に進行し窒化珪素は所望の腐蝕可能なほぼ無定形の形態で沈着する。」(5欄2行ないし5行)と記載されていることが認められ、半導体の絶縁層として無定形(アモルファス)の窒化珪素を用いることが示されている。

以上の事実によれば、本出願当時アモルファスシリコン系の化合物を絶縁膜として用いることは周知であったというべきである。

原告は、乙第3、第4号証記載の発明は、従来のCVD法によって製膜されるものであるのに対し、本願発明のアモルファスシリコン系絶縁性基板は高周波放電プラズマCVD法によって比較的低温(200~300℃)で製膜されるものであってその耐クラック特性において優れた特性を有する旨主張する。

しかしながら、前掲甲第3、第4号証によれば、本願明細書には、アモルファスシリコン系絶縁基板を高周波放電プラズマCVD法によってのみ製膜する旨の記載は存せず、かえって、その発明の詳細な説明には、「これらの絶縁膜はCVD、酸化、電子ビーム蒸着、スパッタ、グロー放電分解で得られ、」(公報5頁左上欄8行、9行)と記載されていることが認められるから、高周波放電プラズマCVD法によって製膜されたものに限定されないことが明らかである。

この点について、原告は、アモルファス半導体とアモルファス絶縁膜は、同一の材料、同一の装置を用いて製造することが常識であり、かつ、本願明細書の半導体の製造方法(同3頁右下欄3行ないし10行)と、甲第11号証のプラズマCVD法についての記載とを併せ考えれば、本願発明のアモルファス絶縁膜は高周波放電プラズマCVD法によって製造されたものであることは明らかであると主張する。

しかしながら、アモルファス半導体とアモルファス絶縁膜を同一の材料、同一の装置を用いて製造することが製造上望ましいとしても、そのことから当然に同一の製法に限定されるといえないのみならず、そのような解釈は前記明細書の記載内容とも矛盾することになるから、到底採用することはできない。

また、原告は、甲第11号証に記載された表記法を援用して、本願発明の特許請求の範囲に記載されたSiN、SiNXの表記法から本願発明のアモルファスシリコン系絶縁基板が高周波放電プラズマCVD法によって製膜されたものに限定される旨主張するが、成立に争いのない甲第11号証(松尾誠太郎「半導体プロセスの完全ドライ化の可能性」応用物理52巻2号、1983年発行)によれば、同論文には、「プラズマCVD膜の場合しばしばSiN、SiNXなどの表記法が用いられている。」(118頁左欄6行、7行)と記載されているのみであって、「しばしば」とあることから明らかなように、この記載からはSiN、SiNXと表記されているからといって、必ずしもプラズマCVD法によって製膜されたものに限定されるとはいえないし、前記認定の本願明細書の記載内容に照らしても、この記載から原告主張のように限定して理解することはできない。

〈3〉 以上の理由により、相違点に係る本願発明の構成は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであり、かつ絶縁性薄膜を本願発明の特定の物質に限定した点に格別の技術的意味がないとした審決の相違点についての判断に誤りはない。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)について

〈1〉 原告は、本願発明の特有の作用効果として、まず基板が可撓性に優れていることを挙げるが、これは、基板に金属箔を用いたことにより当然生じるであろうと予測された作用効果であると認められ、引用例記載の発明も奏し得る作用効果にすぎない。

〈2〉 原告は、次に、本願発明の作用効果として、高い開放電圧と短絡電流を得ることができると主張するが、前掲甲第3号証によれば、本願明細書の第3図及びその説明(公報4頁左下欄6行ないし14行)からみて、高い開放電圧と短絡電流を得ることができるのは、ヘテロ接合によるものと認められるところ、本願発明の特許請求の範囲には、ヘテロ接合についての記載はなく、また、発明の詳細な説明には、「ホモ又はヘテロ接合光起電力素子を用い」(同6頁左上欄8行、9行)と記載されていることが認められ、ヘテロ接合に限定されないことが明らかであるから、ヘテロ接合によるものに限定されることを前提として本願発明の作用効果を認定することはできない。

〈3〉 原告は、さらに、本願発明の作用効果として、電気絶縁性薄膜を含めて、p層、i層、n層がすべてアモルファス構造であるので、従来の製造工程とほとんど変わることなく簡単な膜形成工程のみで製造することができることを挙げるが、電気絶縁性薄膜とp層、i層、n層がアモルファスであれば、膜形成工程が従来の製造工程とほとんど変わることなく簡単であることは、当業者であれば当然予測し得た作用効果であると認められる。

〈4〉 以上の点から、審決が本願発明の顕著な作用効果を看過したとする原告の主張は、採用することができない。

3  以上のとおり、原告の主張する審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

図面の簡単な説明

第1図(a)はP層側から光を照射するタイプの光起電力素子を示す構造図であつて、図中1は金属箔、2は絶縁膜、3は下部電極、4はn型アモルファス半導体、5はi型a-Si、6はP型アモルファス半導体(例えばP型a-SiC H)、7は透明電極である。同図(b)はn層側から光を照射するタイプを示す構造図で、7は透明電極、4はn型アモルファス半導体、5はi型a-Si、6はP型アモルファス半導体、3は下部電極又は絶縁膜、1は金属箔である。第2図は本発明に係るヘテロP-i-n接合光起電力素子のエネルギーバンドブロファイルである.第3図は本発明に用いたヘテロ接合光起電力素子(a)と従来のa-Si P-i-nホモ接合光起電力素子(b)のAM-1(100W/)の電流電圧特性を示す図である.第4図(A)は本発明実施例装置を示す側面図、同(B)及び(C)は夫々同(A)におけるB-B及びC-C断面図である.

〈省略〉

別紙図面2

図面の簡単な記述

第1図は、本発明の1つの実施態様としての連続太陽電池生産システムの概略図と斜視図を組合わせた図である。

第2図は、1つの実施態様としての堆積チャンバならびに堆積チャンバ間の分離の概略図である。

第3図は、1つの実施態様としての第2図のグロー放電チャンバの構造を示す、一部を取り去った斜視図である。

第4図は、P-I-N太陽電池の第1実施態様の側面断面図である。

第5図は、P-I-N太陽電池の第2実施態様の側面断面図である。

第6図は、P-I-N太陽電池の第3実施態様の側面断面図である。

第7図は、M-I-S太陽電池の1つの実施態様の側面断面図である。

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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